呟きたい

主にタイトルが示していることをしたい。色々妄想しながら、ここに自分が考えてることをぶち込めたい。よろしく

二人の妄想

彼女はそこに着席していた。紫のペチュニアがぽちぽちと散らばっているカシュクールワンピースの上には鋭い顎、わずかに黒くくすんでいる目下と少し荒れたボブカット。右ひざを左ひざの上にのせていて、前にあるカウンターに肘をかけている状態だった。彼女は都会のどこにでもいる、輝いている女性に見えたが多少ファッションに反抗を感じられた。「自分は社会によってこの衣装を選んでいるんで、」と言いたがっているような有様だった。


彼はそこに座っていた。さわやかな白ティーシャツの上に旧式な緑のジャケットを装飾していた。レトロな風景を描きたかったのだろうか?下にはベージュ色のズボンと上半身に使用している色を取り込んでいる靴と靴下コンボ。決して気軽に決めた服層ではない。彼は堂々と向こう側に座っていた。ハイスツールの足置きに力強く靴をねじり押しており、姿勢よく自分の一献に手を出している。顔は決してイケメンではなかった。でもその瞳にはくっきりと根性がさまよっていた。


彼女とは今夜存分に楽しまれた地下ライブで出会った。会場に入ったときにはもうすでに多くの人が潜んでいた。十人十色というが、暗い空間と煤煙の汚れを取り消したような煙のせいでここは十人一色に見えた。前にぎっしりと人が詰まっていたせいで、俺は後ろ壁にしょうがなく腰を掛けることにした。ここからはステージの様子はあいまいに見えるのだが、壁から伝わる振動を楽しめるので苦ではなかった。今日は混んでいたから他人の汗がシャツにしみこまない後ろのほうが僕には有利に感じた。ライブでは人気をよけたいものだが、そう簡単ではなかった。


彼は突然と私の横に腰を休ませた。他人から逃げたくてここに来たのだから、少し落胆とした。彼が俯いているので、私に気づくのに少し間があった。初めに私のスニーカーに気づき、次に見たのは私の目。恥ずかしかったのか率直に目を顔から下にそらした。そしてすぐに視線が私の胸にあたった。彼はまたもや恥をかかし、私に後頭部を見せた。胸が大きいので十分慣れているのだから、男からの胸に当たる視線は気づかなくなっている。だから彼の顔面が紅潮したら私のほうが混乱することになる。どうしてほほを赤く染めているのか無意識に疑問しちゃう。だが、そうつべこべ考える時間もなくなるようだった。ライブが始まるところだった。


よりによって女とは。女性と触れ合うときには毎回自分に恥をかかしている。それは、自ら瞳の視線が大きい胸に付着したり、会話が成り立たず沈黙に至ったり、いろいろ嫌な思いをするわけだ。でも、彼女に見せる恥はこの一瞬でしかないのである。なぜなら、俺がこの一週間の間で溌剌としていた理由の真相が目の前に広がる芸の戦場にインディーロックを披露させてくれるんだからね。恥をかかすようなことをしても、音楽に無我夢中なら俺はその感情に気づくことはないだろう。期待に応えて、消える光はさっきまで小話をしていたオーディエンスたちを暗黙にさせた。


左右から重々とした足音。かちゃっ、ピー、と耳障りな機械音。そして静かに咳を小口から発する観客、あるいはバンドメンバー。何も見えないせいか、様々な雑音が小さい地下ライブ場を掩蓋して誇張して聞こえる。突然、何もかも静かになる。「三、二、一」と拍子に乗って劇場の奥からほのかに聞こえた。爆音。閃光。激しいギター音とドラムの短音。瞬間的に川が溢水するように感覚があふれた。徐々にその光景に慣れていく。軽い脚の持ち主のギターリストは三色の光を浴びながら高音をマイクに吹き出していた。その後ろには、地震を起こそうとしているかのように両腕を飛躍的に振り回しているドラマー。その左には、冷然とリズムに乗っているベース。そして右には、聴衆者に采配を振るかのようにリードを担当している二番目のギターリスト。皆、黄色い衣装を着ている。たぶん「辛子」になりきっているのだ。私にとってはこのバンドは初耳だ。


「カラシ」は協同しながら張り合って演奏をしている。そこからはっきりと届く音楽は俺の耳奥に砂に沈む海波のようにしみ込んでいく。俺は目を閉じて背後から伝わってくるドクンドクンというベースドラムと、足の裏に届く、踊り暴れている聴衆者たちの振動を味わう。このコンサートのために何度も聞いてきた曲だから、脳内が幸福感に洗脳されている。今はこの時間を楽しむしかない。横を振り向くと彼女は生き生きと頭を上下に振っている。それに沿って、彼女のワンピースはまるで夏風に当たる木の葉のように揺れていた。ペチュニアのパターンを観察するのに悠長しすぎたのか、彼女が俺の視線に気づき、こっちを多少警戒しながら振り向いた。この動作で俺は我に戻った。俺は苦笑いをして音楽に沿って手足を動きながら、彼女に恐縮な気持ちを伝えようとする。頭を五回ぐらい下したあと彼女の表情を探ると、彼女が笑っているところが見えた。その笑いに安堵を感じ、また正面に立つ芸人たちに集中を向けようとした。


彼はそのあと何回か私に目をそらしてきた。それはたぶん無意識で、私も無意識に彼の目を探り始めているのに気づいた。私は彼に興味を抱いているのか疑問し始める。仮に彼に興味を持ってもそれは悪いことではなく、むしろ三年間も恋愛不足をしていた私にとっては非常に良いことだ。でも心の奥のどこかでは恋への志が不十分な気がした。もしかして私が垂涎するものだからこそ、疑問が現れるのかもしれない。自分の恋の事情に忘我する間、彼は私にちらりちらりと横目を見せびらかしていた。その瞳は興味津々であった。彼の姿を観察してみると、体の動きがまぶしく、愉悦に満ちているように見えた。その幸せにつられるように、私は思わず微笑みだす。


彼女が笑った!この笑みの動機に脳が素早く回転し始める。俺のダンスが目障りだからか?いや、その口の端の上げ方はもっと軽やかだった。俺がついつい彼女の方向に視線を向けているのに気づいて、その習慣を俺に気づかせるためか?いや、その微笑は誰かもが温もりと窈窕たるものを感じるようなものだった。もしかすると俺と関係のない妄想、あるいは古い思い出を思い浮かべているのであろうか?だとしたら、あの穏やかな顔はどうして我を拝見した後にその逡巡なく笑みを浮かべたのだろう。彼女の表情を読唇術で読み取ろうとしている間、ハードロックをガンガン鳴らすライブが認識すべもなく間のあいだに終了していた。聴衆者の口ごもりとともに出てくる俺は、彼女となるべく距離を縮めながら外の空気を吸いに行く。階段の最上階に踏み出す前に彼女に問いかける。


彼はさりげなく私にきいた。


「一緒に一杯どうですか?」

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